旅の記録

【19歳の遍路1日目】旅立ち。初めての野宿。

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7年前、人生に絶望した19歳の青年「僕」は歩き遍路旅に出かけた。

このお話はその19歳の遍路旅を7年後の今、改めてたどる回顧録。

 

出発の日

3月8日 大安 今日が出発の日だ。

朝4時半、愛犬の鳴く声で目が覚めた。
本当は5時に起きるつもりだったのでエサをやって、また眠りにつこうとした。
しかし、寝るか寝ないかのうちに5時になってしまった。
着替えをして部屋を簡単に片付けて、誰にも気付かれないようにひっそりと家を出た。
机の上には書き置きを残す。
「遍路に行ってくるので捜索願は出さないでくれ」という内容の手紙を置いて行った。

外はまだ暗かった。
いつもは鳴かない犬がこの日に限ってはやかましく吠えていた。
僕がどこかに行くのを感じたんだろうか。
(大丈夫だよ、帰ってくるから。行ってきます)

駅までの道を歩く。
たかだか20分の道のりで少し肩が痛くなった。
(おいおい、大丈夫かよ。)
心の中で一人ごちた。

5時52分 地元の駅で電車に乗る。思えば高校時代のこの時間の電車で部活の朝練に毎日行ったんだった。よくもまあ三年間続いたなとしみじみとした。

GRP_0627

車内には学生しかいなかった。
眠そうな目で宿題をしたり、大口を開けて眠りこけている。
僕もそんな眠り誘う電車の中で、まどろみの中へ入っていった。

7時3分 高知駅にて乗り換える。
空が明るくなってきていた。曇り空だ。
なんだよ今日は晴れるんじゃなかったのかよ。
昨日の天気の予報のお姉さんの笑顔が恨めしい。

ここからさらに2時間30分の電車旅が始まる。
高速バスで行く方法もあったのだが、当時の僕は高速バスに乗ったことがなかったため、乗り慣れた電車で行くことにした。
もう遠いところまで来た感覚だが、遍路はまだ始まってもいなかった。

逝きゆきて 始まりみえぬ 遍路道

持っていた小さなノートにそう記した。

川のそばの線路を電車はコトコトコトコトと走る。

 

寝ようかとも思ったけど、こっちの方に電車でくることは初めてだったので、景色を堪能することにした。
川には丸い大きな岩がゴツゴツ転がっている。
大きさからして上流の真ん中あたりだろうか。
綺麗な緑色の水を蓄えた川は不思議な魅力を感じさせていた。

 

こんな川で夏泳いだら気持ちいいだろうな。
そんなことを考えていた。次の夏を迎える気は無いというのに。

 

時間は驚くほど早く過ぎていった。

人の造形よりも自然の織り成す造形の方が飽きを感じさせないことに初めて知った。

阿波池田にて乗り換え、そこからさらに1時間44分。
佐古にて60分待った後、電車にのってさらに23分。

12時44分 やっと一番札所に近い板東駅に着いた。

ここで初めて白衣に袖を通し、笠を被った。
今日半日かけてきた方向に何十日もかけて歩き、そしてさらに逆の方向にさらに歩く旅が今始まる。
実に非効率な旅だ。

だが、この非効率の旅こそ遍路なのだと思う。
時間を逆行するような痛みを伴う旅こそ遍路なのだ。
非効率だから見つけられるものもあるだろう。そうあって欲しい。

当時の僕はそんな風に思い、いや、願っていた。

一番札所 霊山寺

寺はツアー遍路でいっぱいだった。ツアー遍路をかいくくるようにお詣りを済ませ、杖を買えるところを探した。
住職さんらしき人に声をかけると、今はツアー客の相手をしているからどっかいけというふうに追いやられた。

反対側に行くと、個人遍路に尼さんが遍路の作法を教えているところだった。
ついでなので聞かせてもらい、杖と納経帳を買った。
杖と納経帳は思っていたよりも高く、想定の倍以上の5340円もした。

後で聞くと、1番札所の遍路用品は品質は変わらないのに一番高いんだそうだ。ふざけるな。
なけなしのお金がなくなったので、今晩のご飯は手持ちのパンだけに決定した。

 

ツアー客から逃げるように2番極楽寺、3番金泉寺へと打つ。
このへんのお寺はよく覚えてない。
いくつもお寺が集まってるためか、まだ慣れていないためか、大して境内をみる余裕もなかったように思う。

四番大日寺へと打つ道でやっと遍路道らしい舗装されていない道を通った。

行先の見えない暗い道は実に僕好みだ。どうせなら暗く堕ちれば良い。

 

四番札所大日寺


大日寺にたどり着いたのが4時半、寺の納経所は5時に閉まるので今日はここで打ち止めだ。

お寺の納経場で野宿できる場所を聞くと、お寺を下ってすぐの東屋を紹介された。

よし。今日の宿はそこにしよう。

東屋はすぐ見つかった。
今夜は雨みたいだが屋根もある。

風は強いし寒いけどなんとか大丈夫だろう。あとはこの場所の神様に許可をいただく。

この地を司り給う土地神さま、今夜一泊の宿をいただこうと考えておりますがよろしいでしょうか。
心の中でつぶやき、目を開く。
特に変わった様子もないし、大丈夫なようだ。

この時点で胸のざわめきを覚えたりするようなら、他の場所を探すつもりだった。

バカみたいに思われるかもしれないが、僕にとって大丈夫なことだった。
この奇妙な許可申請は88番までと続けるつもりだ。
何もない僕に頼る事ができるのは自身の直感しかなかったのだから。

もってきてあるパンを一つ食べるとやることもない。

寒いので早々にマットを広げて寝袋を引っ張り出す。
あたりが暗くなる前に寝袋に入った。

暗闇の中の来訪者

18時10分 あたりはすっかり暗くなっていた。
外で声がする。

寝袋から起き上がると自転車が二台止まっていた。

「どうも」

二人は会釈しながら挨拶してきたので、僕は尋ねた。

「今夜ここで泊まりますか?」

「はい、泊めらせてもらおうかと」

二人は僕と同じ東屋で泊まろうとしているらしい。

「あ、じゃあ僕寄るんでなんとか三人で寝れるように」

「あ、おかまいなく…」

話を聞くと、二人は横浜から来た20歳の大学生の自転車遍路らしい。
三人がベンチで寝るのは無理なので大学生のうち一人が地面で寝ることになった。

7時
就寝1時間前まで全く関わりのなかった人とこうして互いに気を使いながら一つ屋根の下で寝る。

これもお遍路の醍醐味じゃないかと思った。
だが、寝付けない。
大学生は10分もすればいびきをかきはじめたが、僕が寝れたのは9時すぎだった。
この凍えるような寒さで何度も目が覚める。

少なくとも五回は起きたと思う。
寒さがこれほどキツいとは思ってなかった。
壁がないので風は体に容赦なく吹き付ける。今までの人生で壁と屋根のある家で寝ることができていたというのはなんて幸福だったのだろうか。
野宿することで、初めて今まで自分が恵まれた環境で育って来たかを思い知った。

そして午前3時、みぞれまじりの雨が降り始めるのだった・・・

残り84ヶ所。

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シオ

シオ

H.2年生まれ。フリーランス。 ガジェット、アウトドア、バイクが好きなエストレヤ乗り。ローカルメディア「ありんど高知」編集長。 今年からハンター始めます。

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