旅の記録

【19歳の遍路:プロローグ】19歳、僕は遍路になった。

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7年前、人生に絶望した19歳の青年「僕」は歩き遍路旅に出かけた。

このお話はその19歳の遍路旅を7年後の今改めてたどる回顧録。

 

青年が大人になる。

そんなどこにでもあるような、ただ一つお話。

子供の時の僕

 

地方の片田舎で育った僕は子供の時は「いわゆる良い子」だった。
親の言うことは聞くし、ケンカも少ない。
勉強もできて、小学校のテストでは塾など行かずとも、90点以下を取る方が少なかった。

それは、純粋に「良い子」というよりもどうすれば教師や親が喜ぶかを心得ていた。
だからその「良い子」を演じていたといった感じだったと思う。
そう、一言で言えば「ずる賢い、したたかな子供」だったんだろう。

そういう演技というのは同世代にはバレるもので、いじめられたりもした。

同時に、答えのない問題で悩む子供でもあった。
例えば
「自分はどこから来て、どこに行くのだろう?」
「自分が死んだらどうなるのだろう?」
「自分が生まれた意味は何なのだろう?」
「自分の存在意義とはなんなのだろう?」
そんな大人になってから悩むような人生の問題に小学4年生の時には悩み始め、中学に上がる前には自分の中で答えを得ている。
そんな子供だった。

中学生になってからも変わらず、「良い子」を演じきった。
中学校での勉強は最初は苦戦したが、努力の仕方を覚えて最終的には学年でトップ10にはなっていた。
中学から始めたバスケットボールは部活のキャプテンを務め、弱小チームながら、楽しい中学時代を過ごした。

高校で現実に直面

中学までは順風満帆に過ごした僕だったが、県内のいわゆる進学校の高校に入学してしまったため、勉強は下から数えた方が早い成績になってしまった。
部活動も変わらずバスケを続けたが僕よりも何倍もうまいやつばかりで、勉強でも運動でも到底敵わなかった。
中学までは、トップにはなれないにしても、勉強でもスポーツでも中の上くらいのことは自分はできるものだと思っていた。
しかし、そんなことは片田舎の子供の考えで、現実はもっと自分よりも有能な人間がひしめき合っている。
そして、そんな人達の中で僕は生きていかないといけない。
そんな当たり前の現実に高校になって初めて直面した。

多分、この辺りからだったと思う。
僕の人生に漠然とした、けれどもとてつもない不安を感じ始めたのは。

 

高校の先生は皆教育熱心な教師ばかりで、特に年配の数学教師が授業の合間に言った言葉が僕を深く根を落とす。

 

「お前らぁ文系はなぁ、二浪したら理系には勝てんからな!
理系は文系のよりも就職先がたくさんあって、給料も良い。1年の浪人くらいならなんとか食らいつけるかも知れないけど、2年も差をつけられたら、一生理系の年収には勝てんからな!」

生徒にやる気を出させるための叱咤激励だ。
いかにも社会経験の浅い公務員が言いそうな妄言だ。
「【就職しか生きるすべがない】【収入は入社に合わせて年功序列で増えていく】と信じて疑わない時点でお話にならない妄言だ。」
今の僕なら、そう言って笑い飛ばすことができるが、なにぶん社会も何も知らない高校生の時だ。
僕はこの言葉を全て鵜呑みにしてしまったのだった。

 

次第に学年が上がり、大学受験が近づいてくると、周りの雰囲気は「良い大学に行き、良い会社に就職するのが当たり前」という感じになってきた。
僕もそれが当然のことだと思っていたしそれを信じて疑わなかった。

 

とても失礼な話だが、良い大学に行けない時点で人生は終わりだと思っていた。
今思うと、寒気がするような思想だが、当時は本当にそう確信していた。
ひどく狭い価値観が僕の中を埋め尽くしていた。

 

大学受験に失敗。躁鬱状態へ

そんな僕だったが、大学受験はことごとく失敗。

1年間宅浪をした僕だったが、それでも全敗した。

浪人が失敗したとわかった時、あの時の数学教師の言葉がよぎる

「二浪したら勝てない・・・・二浪したら終わり・・・・・一生負け組・・・人生は終わり・・・・」
あの言葉は呪いに昇華した。

呪いに侵された僕の心はどうしようもない無力感と浅黒い絶望感があふれ渦巻く。
そしてその無力感と絶望感は心から溢れ、体も蝕む。

僕がもう二度と思い出したくない感覚だ。

自分の体が、心が、自分のものではないような、そんな感覚。
自分の手はここにあるのに、それが他人の手のように感じる。
手を握っても、感覚がいつもとかけ離れている。
壁を血がにじむまで殴ってみて、忘れていた痛みがやってくるとようやく、「あぁ、これは僕の手なんだ」と認識できた。

全身が重い、鈍い。
ゾンビになるとこんな感じなのだろうか。
そんな生きながらにして死んだような感覚だった。

そんな生きているのか、死んでいるのか分からない状態にさいまれると、思考も変化して、全てが死ぬことに結びつくようになる。

料理をしていると
「この包丁を胸に刺したら楽に死ねるのかな」

運転をしていると
「このまま海へ飛び込んだら楽に死ねるのかな」

山に登ると
「この崖から飛び降りたら楽に死ねるのかな」

といった具合に、何をしても死ぬことに結びつけて考えてしまう。
いや、それしか考えられなくなっていた。だって僕の人生は終わったのだから。。。

そんな状態で数日を過ごした。

そして遍路へ

そんなまさに生き地獄のような日々の中、唐突に自分が遍路姿で歩いているビジョンが頭に浮かんだ。
「そうか、どうせ死ぬんだったら、一回くらい遍路をしてみるのも良いかもな」
そんな軽い気持ちから、遍路行くことに決めた。
今思うと、これは天啓だったのかもしれない。

神様が
「うだうだしていないで、遍路に行きなさいよ」
と言ってくれたのかもしれない。
もしくは僕の中の最後の防衛本能だったのか・・・
とにかく、決めた時はもう不安などなく、自分の心の中に遍路というものがストンと落ち着いていた。
まるで、遍路に行くことがあらかじめ決められているような、そんな不思議な居心地の良い感覚だった。

 

決めてからの僕は早かった。
一番近い大安の日に旅立つと決めて、親に言うと反対されると思ったから密かに準備をした。
遍路にについて携帯電話で調べて、一通りの知識を学んだ。
当然お金などないので野宿のために安い寝袋を買った。

思い立ってから10日足らずで、僕はひっそりと人生で初めての、人生を大きく変える一人旅に旅立つ。

このお話はそんな19歳の青年の旅の物語。

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シオ

シオ

H.2年生まれ。フリーランス。 ガジェット、アウトドア、バイクが好きなエストレヤ乗り。ローカルメディア「ありんど高知」編集長。 今年からハンター始めます。

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